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 かくべつすぐれたところの無い養母たちにも心から頭を下げたことが二度あつた。一度は、後のまま母の生きて居るうち、自分の五十五の年であつた。中年で習つて、折角はやりかけた医術も、過労のため押し切れなく成り、それで儲(もう)けて建てた、かなり立派な家も人手に渡し、田舎(いなか)へ引込んだ年であつた。そのときは妻の母も一緒にして仕舞つたので、狭い田舎の家に二人の老婆がむさくるしく、ごたごた住まねばならなかつた。もとは大阪堂島の、相当戸前も張つて居る商家のお家はんであつたのを、秋成がその店を引受けてから急に左り前になつたその衰運をまともにつきあひ、わびしいめに堪へながら、秋成がやつとありついた医業にいくらか栄えが来て、楽隠居(らくいんきょ)にして貰(もら)つたところで、また、がたんと貧乏住居(ずまい)に堕(お)ちたのだつた。だから秋成にしてみれば、まま母に、何とも気の毒でしやうが無かつた。そこで、五十五の男が母の前に額(ぬか)をつけ、不孝、この上なしと、詫(わ)びたのだつた。すると、まま母は==何としやうもない事だ。と返事して呉(く)れた。ものを諦める、といふほど積極的に気を働かす女でなく、いつもその儘(まま)、その儘のところに自分を当て嵌(は)めた生活を、ひとりでにするたちの女だつた。けれども、この母のこの返事は、可成(かな)り秋成に世の中を住みよくさして呉(く)れた。この母と妻の母と、もう五十に手のとゞきさうな妻と、三人の老婆が、老鶏(ろうけい)のやうに無意識に連れ立つて、長柄の川べりへ薺(なずな)など摘みに行つた。
 かういふ気易(きやす)さを見て、暮しの方に安心した自分は、例の追ひ求むるこころを、歴史の上の不思議、古語の魅力へいよいよ専(もっぱ)らに注ぐのだつた。

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